物を作れば売れる時代の終焉はあらゆる業界に変革を突きつけてきた。消費者という大雑把に塊で見られてきたビジネスの対象は、より精緻な分析により、個性・嗜好といった“個”を捉える顧客戦略へと進化している。

 

小売業は、コンビニエンスストアの乱立に象徴されるとおり、いつでもどこでもと購買機会を顧客に提供している。さらに現代の顧客戦略においては、実店舗以上にECの顧客接点が重要さを増してきている。顧客のいる場所は位置情報データにより把握することも可能となってきており店舗への誘導も可能だ。しかし顧客はロケーションだけで物を買うわけではなく、「今」おかれている様々な条件や気分によって欲求が生じて購買行動に推移する。ここでいかに買ってもらうかという、ビジネスを展開する側の視点ではECか? 実店舗か? という二極論が生じ、個別の業績を重視する企業組織内ではECと実店舗の対立構造がしばし見受けられる。

 

ビジネス狭窄ともいえる構図は、顧客体験とは真逆の方向に進む、陥りやすい課題といえよう。本書「オンライン・オフラインの対立を超え共通の『顧客体験』をつくる」では、小売業に特化した顧客戦略のあり方を提唱する。一時期パンデミックによって実店舗への来店は減少傾向にあったが、行動規制の緩和などによって顧客は実店舗への選択肢を取り戻した。本書では、LTV(顧客生涯価値)の視点からリピートの促進に重点を置き、EC・実店舗の顧客を区別することなく1人の顧客として取り扱い、ライフスタイルや嗜好に応じた相互への提案を実現していく。顧客を分析し、少し先の未来を予測した、パーソナライズされた情報や体験を届けることによって、顧客は心地良い選択肢を得ることとなる。顔見知りから友人に昇華するには機会と信頼が必要なのと同様に、顧客からブランドのファンとするには細やかな配慮と施策が欠かせない。収録されている3つの事例が大いに参考になるはずなので、ぜひお読みいただきたい。