近年は、いかなるビジネスであっても、世界規模で競争が激化している。さらには、新型コロナウイルス感染症の世界的拡大により、ビジネスを取り巻く環境は、かつての経験値は何の役にも立たないレベルで予想外に変化している。

そのような状況下にあっても、企業における利益率とマーケットシェアの確保は経営の重要課題であるが、これまでのやり方にこだわり、ビジネスの維持だけを見つめている経営は企業存在そのものを危うくするといえる。「モノからコトへ」という言葉に象徴されるように、一昔前であれば、企業主導で提案する製品の優秀さを価格優位性なども含めて、数多く前面に打ち出し訴求すれば利益を得ることも容易だった。しかし顧客の欲求は、自分自身の生活・ビジネスをより充実させられるかどうかで、製品を判断する時代へと変化した。さらに、企業からのコミュニケーションに関しても、顧客のマインドは変化している。マス的な万人に向けた価値訴求ではなく、パーソナライズされた情報発信を好むようになり、その傾向は有形無形、BtoC、BtoBを問わず広がっているのだ。

このように、いまやビジネスにおける競合との主戦場は製品やサービスからカスタマー・エクスペリエンスへと移行していると言っても過言ではないだろう。 優れたカスタマー・エクスペリエンスはデジタルテクノロジーの活用なくしては成立しえない。そこで、現在多くの企業が着目しているのがデジタルトランスフォーメーション=DXである。しかしながら、テクノロジーの採用がDXだと狭義に捉える誤解により、テクノロジーの活用が企業競争力に反映されていない実状が散見される。DXの本質とは、テクノロジーを活用することで、自社のビジネスモデルや製品・サービスを変革するところにある。DXとカスタマー・エクスペリエンスの関係性を今一度整理し、企業構造自体を見つめ直すことが、今後の企業競争の原動力となるのではないだろうか?

本書は、世界のビジネスリーダーが信頼を寄せる経済学誌「ハーバード・ビジネス・レビュー」による「カスタマー・エクスペリエンスを通じて企業の経営幹部レベルに働きかける」と題したレポートだ。セールスフォース・ドットコムをスポンサーとして実施したリサーチに基づき、識者やビジネスリーダーの証言も交え、企業とビジネスを主軸にテクノロジーの視点にとどまらず組織文化や感情に至るまで広く深く、進むべき方向性と構造を検証している。本書の一例を挙げれば、読者諸氏もデータのサイロ化のマイナス要素はご存知のことかと思われるが、データのサイロ化だけでなく「体制のサイロ化」が、企業の成長阻害要因を顕在化させているという。ややもすれば「DX」や「カスタマー・エクスペリエンス」などが局地的で分断された取り組みとして語られがちな昨今、本書は大局観をもってビジネスの大地に足を着け、企業が進むべき方向を導き出す参考となる非常に貴重な内容となっている。経営層やビジネスリーダーのみならず、あらゆる職種職能の企業人にご一読を強くおすすめしたい。