デジタルトランスフォーメーション(DX)の潮流は、事業規模や業種業界を問わずビジネス領域を席巻し、言葉としては一般用語に近づいてきている。やや言葉だけが先走っている感もあるが、デジタルテクノロジーによるビジネス変革に期待を寄せるムーブメントであることに違いない。

DXの原初の定義は、「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」である。企業で語られるDX推進においては「精緻なITの活用が企業をあらゆる面で良い方向に変化させる」が意義ではないだろうか? DX推進にはデータとアプリケーションの活用、連携、統合が欠かせないが、実現には基盤となるITインフラが鍵となる。クラウドの登場は広く歓迎されDXに活路を開き、DX推進=クラウド活用とセットで語られるシーンも多い。しかしDXとクラウドは同義ではなく、DXは進むべき方向であって、クラウドはITの基盤であり、必ずしもDX推進の必須要素ではないと整理しておきたい。未だクラウド関連の話題には事欠かない今日だが、DXの潮流には若干変化が生じている。それはオンプレミスへに回帰する企業が出てきていることだ。ややもすればオンプレミスは中小事業規模や金融業界、レガシーシステムに起因する負のイメージを持たれるかもしれないが、オンプレミスに回帰した企業群は金融業でもレガシーでもなく、前進のためにオンプレミスを選択し顕著な成果をあげていて、DXにおけるオンプレミス復権ともいえる変化は確実におきている。

本書は、オンプレミスに回帰したビールメーカーをレポートする。同社はクラフトビールとしては米国で第4位を誇る製造規模を有する企業だ。開発・製造などITが果たす役割は大きく、当然クラウド活用も視野に入るが、明確な目的と深い洞察に基づく検討によってオンプレミスに大きく舵を切った。背景だけでなく顕著であった導入効果を生産量・運用コスト・プロビジョニングの時間・サポートによる解決までの時間を具体的な数値を掲げて解説する非常にインパクトのある内容となっており、目的と手段を混同しない確固たる姿勢に裏打ちされたDX推進の好事例といえる。DXを具体的に推進するご担当者はもとより、企業をあらゆる面で良い方向に変化させたい企業人は本書をご一読のうえ、この潮流をぜひとも押さえていただきたい。